Thyssen-Bornemisza
ティッセンボルネミッサに行って来たので、感じたことを羅列。
受胎とか処刑とかの宗教画には全然興味がでなくて素通り。
自分が引かれたのは人々の様子。特に貧しい人たち。貴族がニコニコして遊んでるのも興味ない。貴族へのコンプレックスあるから私。
歴史を変えて来たのはいつも名もなき民衆だったと思う。貧しい人々の悲しい絵が深い。
心が少し折れていたので、自然の広大な絵にも惹かれた。海が恋しいということにも気づく。
美術館で写真撮影オーケーなのも、美術館もビジネスだなぁと思わせられる。
毎週月曜日はマスターカードのおかげで無料。誰にでも芸術を、という観点でいくと、いい仕事してるよ、マスターカード。と思う。こういうのが社会貢献なのかもね、回り回って。ありがとうございます。
味わいもせずに写真撮りにきた観光客はたくさんいたけど、私は、ガイドブックにのってる、これは見なきゃ!みたいな有名な絵は一応見るけれども、自分の目と心と一緒に回ることが好き。あ、と惹かれたものは一応写真をとって残しておくけれど、その絵と向き合って離さなければならない。
ピカソ先生とミロ先生とダリさんの偉大さをしみじみと感じ、ニヤニヤしながら見てしまった。
ゴッホやモネのタッチももちろん好き。
自分が描いてる気持ちになって、想像できちゃうのはだめ。え、こいつなに考えてたんだ、って絵に深みがある。
花の絵は、とっても綺麗だけど、もともと対象が綺麗だからね。それだとつまんない。
見えているものを書いてるのではなく考えていることを書いているピカソ先生が偉大すぎ。絵はその人のフィルターがかかってなきゃ。
だれかとタイトル当てっこしながら回りたいな。
自分の悩みもちっぽけになるよね。
歴史を変えていかなければならないんだから。
あーー楽しかった!!